ひょうたん池周辺1 平成20年3月9日 所在地:鳥取市東町
ここの所の小春日和。暖かさと日が長くなってきたことが妙に嬉しい。午後4時だがお山に入る。円護寺から遊歩道を歩いていると、カーブを曲がった所で道に一頭のイノシシが居た。

距離15m。イノシシは慌てて左上の斜面を登っていく。私も「ウォリァ〜!」と怒鳴る。すると左上に逃げたイノシシとは別に、右下斜面の真横と先で同時に「ガサガサ」と音がした。音からして大きなイノシシだ。3頭の群れだった。

その後また怒鳴ると、左上に逃げたイノシシが「ガー!」と威嚇してきた。気の強い奴だ。一瞬ひるむが更に怒鳴り返す。私は相手に逃げるゆとりを与えるため、動かないで散々怒鳴り散らす。
山の中で「グヮ〜、ドリァ〜」だの、おかしな叫び声が聞こえたら私かも知れません。危険人物に付きご注意下さい。

昔ここにイノシシは居なかったのですが、周辺の田畑が電気柵で囲われ移動しにくくなったのと、久松山山系が鳥獣保護区で住みやすいのか多くのイノシシが居ます。
遊歩道の先に進む。一昨年、若干加工された斜面らしき物を見つけていたのだが、当時はお城の遺構を探すなどという気はありませんでした。

未発見の郭と言うより、大した遺構でもないから記入されていないのだと思っていた。遊歩道の下側で2段あったと思ったが、見つけたのは一段の緩斜部。以前の場所はここじゃなかったのか?

遺構と言うより上にある郭から谷を見張る見張り場かもしれない。下の図B点。

この後谷に降りて、3月3日に見つけた3段の郭に行く予定でした。しかし先程のイノシシを追い詰めるとマズイのでやめました。
イノシシを警戒し、奇声を発して遊歩道を進む。一瞬人間の話し声が聞こえた。数十メートル先だ。久松山と太閤ヶ平の遊歩道の出合に人がいた。ご夫婦で立ち止まって警戒しておられました。ゴメンなさい。

イノシシが3頭居たことを話す。ご夫婦は長田神社から登られたそうで、中水道横の遊歩道がイノシシの足跡だらけだったと言っておられた。
図は鳥取市の城郭研究家吉田浅雄氏の「羽柴秀長陣縄張図」の部分です。派手な色使いでスミマセン。

A イノシシと出合った所

B 見張り場

C 久松山・太閤ヶ平・ひょうたん池分岐
遊歩道分岐をひょうたん池に下っていくと、ウラジロに覆われた対岸の斜面に道のような物が見えた。

ここも良く歩いているつもりだったが、今まで気付きませんでした。
斜面を下りひょうたん池の流れ込みを越える。
次のページのマップD地点。

ここは全面イノシシの足跡だらけ。
対岸の斜面を登ると道がありました。昔からの道ではなく、植林の作業道のようです。上流側を見る。
下流側の様子。間伐した木が転がっている。
道が谷に入り、ひょうたん池の水際に降りてみると、何と池は石垣で護岸されていた。

長さ約30mの一直線の護岸。石垣は苔むして土と見分けが付きにくい。

マップE地点。

今まで対岸から見てこの護岸に全く気付かなかった。しかし、後日遊歩道から見ると肉眼でも確認でき、さらに堤の内側面に石垣を使った部分が見えた。
護岸の上は平地になっている。

池は江戸期に大土木工事で築堤されたのだろう。この石は何処から運んだのだろうか。
池のくびれた一番狭い部分。
尾根を登ってみる。

写真では全くわかりませんが、尾根には幅3〜4mの細長い曲輪が作られていました。

マップF地点。
樹木が邪魔して良い写真が撮れません。真ん中が削平されています。
郭の形状。細尾根なので余りにも幅がない。

しかし、ひょうたん池両側の谷の監視には良い場所です。
尾根の南東の谷に面して幅4m長さ15m程の半月状の曲輪がありました。

南東の斜面は傾斜が緩やかで、攻撃を受けるとひとたまりもないので、一郭設けたのだと思います。

マップG地点。

この谷の上流側に、内側に石を使った炭焼き窯がありました。H地点。
ホームに戻る 歴史トップに戻る ひょうたん池周辺2へ