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岩井廃寺塔跡・御湯神社 平成27年4月7日 所在地:鳥取県岩美郡岩美町岩井 旧岩井小学校跡地
岩井廃寺塔跡の塔心礎石(鬼の椀)を見に行った。
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塔跡は岩井小学校跡地にある。
白鳳の時代、ここに弥勒寺と呼ばれる寺院があり、三重塔があった。発掘調査の結果、法起寺(ほうきじ)式伽藍配置だったようだ。
「鬼の椀」と呼ばれる塔心礎石は凝灰岩製で、横3.63m、縦2.36m、柱孔の底には直径20cmの舎利孔が穿たれている。

平安時代に当寺から遷座したとされる木造薬師如来立像(国重要文化財)が、岐阜県の延算寺にある。

延算寺のホームページに
「今から、1,200年程前、伝教大師(最澄)というお坊さんが、中国(唐)から帰ってきて、因幡の国(鳥取県)の岩井というところの温泉に泊まり、一体の大きな楠の木で、三体の薬師如来像をきざまれました。二体は比叡山等にそれぞれ、おまつりされましたが、あとの一体は「美濃の国に霊泉(ふしぎな泉)があるから、そこにおまつりするとよい」といい残して旅に出られました。」と書かれている。

詳しくはHPをご覧下さい。
  岐阜県岐阜市岩井 岩井山延算寺

ここに来たのは初めてではありません。今から30年以上前にも来ています。その時は石の向こうに岩井小学校の校舎がありました。
横から礎石を見る。土に埋もれている部分は不明だが、あまり厚い石ではない。
 岩美町の地図。

 岩井廃寺塔跡は岩井温泉の東に位置する。
旧岩井小学校の跡地の上に御湯(みゆ)神社がある。
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平安初期の弘仁二年(811年)創建の式内社御湯神社。

参道の石段は途中で少し向きが変わっている。 随神門
参道脇の手水舎。
右の石碑に「御湯神社千百五十年祠記念 昭和三十八年 癸卯」と書かれている。
御湯神社拝殿
本殿と拝殿。

御湯神社の創建は弘仁二年(811年)だが、その時神社はここより東の大野台地にあった。この場所に移ったのは江戸時代とのことだ。

神社の境内は広い。弥勒寺があった白鳳時代ここに何かあったのだろうか。

以前、鬼の椀を見に来た30数年前、岩井小学校の校庭には小学生が遊んでいた。廃校になったのは平成13年3月とのことだ。

教師に鬼の椀の場所を聞いたら、「小学生が時々神社の周辺で白鳳期の瓦を見つける。」と言っていた。ここにも弥勒寺関連の建物があったのかも知れない。
本殿

神社に興味があったわけではなく、白鳳時代の痕跡が残っていないかと登ってみました。

でも綺麗に整備されていて、何も見あたりません。
本殿左の藤ケ森神社 右には稲荷神社
左の狛犬 右の狛犬
藤ケ森神社の横に能登守平教経(たいらののりつね)の矢研石がある。
なぜこの神社と平教経が関係するのかは不明。
矢研石
神社の石段から弥勒寺跡(旧岩井小学校跡)を見下ろす。

敷地は周辺より一段高くなっていて、ここに荘厳な伽藍の寺院があったのだろう。
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