樗谷・小西谷散歩1  所在地:鳥取県鳥取市
 2005/05/11
追記
  運動のため鳥取市上町の樗谷から太閤ヶ平へ登るのですが、いつも同じ道ばかりだと飽きてくる。普段歩くコースを避けて、脇道を散策しました。まず大宮池で3号歩道を通り尾根に出る。結構面白い快適な尾根歩きをして、突然に第2休憩棟に出会う。

そこで右に曲がり、尾根を真っ直ぐ下り小西谷(こざい)の谷に出る。堰堤の下のコンクリート橋を渡り道に出た途端、すぐ横で音がしたので一瞬驚き、「ワ〜、ゴワー」と怒鳴ってしまいました。

イノシシが出たと思ったのです。陰から驚いたおばさんが出てきました。農作業小屋の横に畑があり周りをトタンで囲ってありました。「イノシシかと思いましたスミマセン」と謝ったら、道を挟んだ道路脇を指さして、「良くイノシシが出て、そこも掘り起こしている。今度息子に畑のトタンも高くしてもらうつもりです。」と言われた。この地に嫁に来たときは全くイノシシもおらず、話も聞いたことがなかったそうです。

道を下り分岐を左に進みます。山際の農道から尾根に取り付き太閤ヶ平に登る。尾根に登った瞬間に道の異常な窪み方に気付いた。尾根は風化が進んだ岩で、土ではないのに異常に窪んでいる。これは加工なのか、多くの人の通行で凹んだのかわからない。周囲にある久松山山系の道の中でも、岩質と加工を除いて考えると、尾根がこれだけ明確な窪み方をしたところはない。

羽柴秀吉は小西谷から太閤ヶ平に入ったと言い伝えられていたが、まさにこの尾根はその道だ。秀吉は兵站に秀でていた。鳥取の籠城戦の期間中、この道は山の手軍の兵站に使用されたのではないか。

尾根道はその後太閤ヶ平に登り、第3休憩棟の所に出ます。しかしここで管理車道を歩くと面白くない。元来た道を少し戻り、中国自然歩道の方へ進む。この辺から太閤ヶ平の搦め手に通じる道があったはずだが、今はわからない。

道は急な斜面の中を通り、久松山・摩尼山との遊歩道の途中に出た。ここで道を久松山に進み、ひょうたん池の標識で左折した。道を下ると、ここが本当に市街地の近くなのかと思うほど落ち着いた風景だ。

ひょうたん池を過ぎ、長田神社との分岐を栗谷に進みます。ひょうたん池の下を横切って中の水道へ向かいます。大きな池です。道はすぐ池から離れ、尾根を巻いて栗谷の谷に下りてゆきます。橋を渡ると今度は太閤ヶ平へ登るために左折します。遊歩道が新しく整備されたみたいです。

この道は私が中学時代に、毎日走ったことがあります。山の麓の中学校では、部活で部員を2チームに分け、久松山と太閤ヶ平に交互に登りました。久松山から下りると、すぐ太閤ヶ平に入れ替わって登るのです。今から考えると信じられないことをしていました。

遊歩道は斜面に取り付きながら高度を稼ぎます。この谷は太閤ヶ平の大手道になります。やっと大休と呼ばれる管理車道の2732m地点にたどり着きました。車道は歩かずに尾根に造られた近道を登ります。再び車道に出て素直に頂上まで歩きました。これで今日のノルマを果たし、のんびり正規ルートで下山しました。

小西谷の道は、平野部ではその後の改変が大きく判明しませんが、尾根道は改変が少ないと言って良いでしょう。歩きたかった道で面白かったです。

  ※下にルートマップがあります
 秀吉はどのように兵站を行ったのか。海路・陸路を含め検討するのも面白いかも。
大宮池で3号歩道に入る A
尾根に出て左折 B
尾根の上は快適 C
2号休憩棟 ここで小西谷に D
小西谷の堰堤 E
ここで大きな声を・・・ F
分岐 ここで太閤ヶ平に G
ここは左の道を H
尾根に取り付く I
尾根の大きく窪んだ道 J
道は多くの人が通ったのか K
ルートマップ(別ウインドウ)
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