久松山の木炭片  久松山 所在地:鳥取県鳥取市東町
 2006/03/26
追記
  時々運動のために樗谷から太閤ヶ平へ登りますが、今日はさらに足を伸ばして久松山まで行ってみました。途中に羽柴秀長の陣にも寄り道をして十神林道まで下りました。久松山を登り始めた直後、遊歩道脇にある物に気付きました。大きな木が燃えて炭になっていたのです。

大きな木が炭になるのは山火事しか考えられません。以前2002年4月22日に、前から行きたかった鳥取市丸山から久松山までの尾根道を歩いたのですが、その時に天徳寺上の峠周辺の尾根で同じ様に木炭化した木を見つけました。

最初は、誰がこんな所でたき火をしたのだろうと思いました。木の直径が小さかったし、ごく真新しく見えたからです。歩いていると何個も同じような木炭を見つけました。間はかなり距離が離れており、考えられるのは山火事しかありませんでした。

山を降りてネットで調べると、1952年の4月17日の鳥取大火の時、天徳寺上の山に飛び火したことが記録されていました。大火になると燃え上がる上昇気流にのり、燃えた軽い消し炭状のものが、遠く離れた場所に降り注いで飛び火します。この時も市内の火事は遙か手前で鎮火しましたが、天徳寺の山は燃えました。その消し炭は、何と50年と5日前の痕跡でした。木と違い炭は何時までも腐らないのです。

話を元に戻します。十神林道すぐ上の木炭は見た目に遙かに古そうです。苔が生えたものや、木の周りは焼けたが芯は燃え残った木もあります。遊歩道沿いで4個ほど確認しました。尾根道から離れた場所にも多く残っているかも知れません。これは鳥取大火の時、または石黒火事の時の物だろうか。考えさせられます。


2006/04/23
山上ノ丸に登るついでに見ましたが、更に広範囲に木炭片は存在します。ただ、そう古い物ではないようで、鳥取大火の物かも知れません。
 山に行くと色んな物が目について足が止まってしまう。一つ事に専心すべきだろうが、私の性格じゃ無理。無理なことはしない。
完全に炭化している
外側だけ焼けた木
苔だらけで石と見間違いそう
誰だ 焚き火をしたのは!
この標識の手前です
 
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